オーラが伝えるすべて

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贈り物のような

私たちはふつう、自分の人格や性格を「自分自身の一部」として所有しているかのように捉えがちだ。
「私は内向的」「私は怒りっぽい」「私は几帳面で完璧主義」といった語りは、あたかも「私」という器のなかに性格や人格という属性がある程度は固定的なものとして、しまわれているかのようなイメージを持つ。

 

人格や性格は、正負のエネルギーが織りなす関係性のなかで一時的に現れる現象にすぎない。


状況や経験によって変化し続けるものであって、固定的属性ではない。

つまり、「私の性格」という言葉は厳密には矛盾を含んでいると感じる。
性格・人格は「私のもの」ではなく、その瞬間や状況においての「関係性の結び目」として立ち上がっているだけのもの。


たとえば、ある場面で「優しさ」が現れても、それは「私が優しいから」というより、相手や環境との相互作用によって引き出された可能性の方が高いと考える。
逆に、怒りや不安のような反応も、個人の内奥から自然発生したというよりは、関係性のなかでの「ある種のエネルギーの偏在や沈殿」として生じている現象かもしれない。

 

実際、恐れや羞恥、罪悪感などの「ブロック」はエネルギーとしてのある「重さ」を持っている。

オーラフィールド上や場の空気のなかで沈殿しやすく、たとえ流動的な関係性があっても動きにくい。
そのため、関係性が循環している場であったとしても、ブロックがある部分はその流れに乗りにくく摩擦や断絶を生むことがある。

これは個人だけの問題というより、エネルギーの持つ性質としての「詰まり」といえる。

 

もう少し視点を拡げてみると、個人のブロックは集合無意識にも重なっている。
たとえば「わたしはXXXしないとダメな人間だ」「ありのままでは価値がない」といった観念は、個人固有というよりも人類全体が抱えてきた集合的なブロックでもある。
こうした観念は世代を超えて受け継がれ、文化や教育を通じて刷り込まれてきた。

その正体はやはり「沈殿したエネルギー」であり「エネルギーの流れ」を拒むものとなる。
そして、これらが個人と集合の間で「共通」しているからこそ、同質のエネルギー同士が共鳴し合う。これが本来の「引き寄せの法則」といえる。

 

個人の内側にあるブロックが、外側(他者や社会)との関係性の中で再現されるのはそのためだ。
共鳴とは単に引き寄せ合うだけでなく、同質のエネルギーが「呼び覚まされる」現象を指す。

裏を返せば、これは、抑圧された重いエネルギーを解放へとつながていくチャンスでもある。


私という存在は、個人の内側に固定されたものではなく、むしろ宇宙的な関係性の中からその都度「贈り出されている」一時的な現れととらえなおしてみる。

 

ブロックすらも「私のもの」というより「関係の中で沈殿したエネルギーのかたち」として捉えるなら、ほどいていくこともまた、関係性を通じて可能になる。
事実、ブロックを変容してきた過去を振り返ると、そのように機能しているはずだ。

 

このとき、私たちは「自分らしさ」や「性格」に固執する必要がなくなる。

「変えてはいけないもの」として固守するのではなく、「今ここで浮かび上がっている現象」として受け止める。
このとき自我はゆるみ始める。
むしろ、「変わりうるものとしての私」「いまここで関係性に呼応するだけの存在」という柔らかな自己感覚を生じさせてみよう。

 

そう考えると、「私とは何か」という問いは、「いま、どのような関係のなかで、どのような事象が起きているのか」という問いへと転換されていく。

私という存在そのものを「宇宙と他者のあいだを流れる贈り物のように」捉えるなら、私たちは単にブロックを解消するだけでなく、その背後にある「より広大なつながり」を意識し、受け取っていけるようになるだろう。

それは個人を超えて、世界や宇宙そのものとの新たな「つながり直し」を可能にする道でもある。