私たちは当たり前のように「わたし」という言葉を使うが、その「わたし」はどこからどこまでを指すのか。たとえば「この身体はわたしのもの」と思っていても、その身体を構成する細胞や臓器のひとつひとつを「自分」と感じるかというと、その感覚は極めて曖…
私たちはふつう、自分の人格や性格を「自分自身の一部」として所有しているかのように捉えがちだ。「私は内向的」「私は怒りっぽい」「私は几帳面で完璧主義」といった語りは、あたかも「私」という器のなかに性格や人格という属性がある程度は固定的なもの…
ディスレクシアと呼ばれる特性をもつ人々は、文字や文章の読み書きには大きな苦労がともなうことが多い一方、イメージを素早く捉える力を備えている。 頭のなかで対象としているものの「完成形」が先にくっきり浮かぶのだ。 そのため、完成形そのものへのこ…
般若心経は非常に短いお経でありながら、仏教の核心である「空」の思想を強く示すため、古くから広く読誦(どくじゅ)され尊ばれている。 以前(2011年)の記事でも紹介したが、この経典は否定構文のオンパレードとなっている。 わずか262文字のなかに「無」…
想念とことばは深いつながりがある。 私たちは言語を通じて物事に名前を与え分類し、それによって思考可能な事柄の範囲や構造が規定される。極端に言えば、自分が知らない言葉で表現される概念は思考や想念の対象にしづらい。 言葉によって物事を考える以上…
高次元とこの物質界とのつながりを考察するとき、 「量子 → オーラ → チャクラ → 物質化 →(再び)量子」 という循環を想定している。 これは、エネルギーの最も微細な高次元(量子レベル)から始まり、その影響がオーラやチャクラなどのスピリチュアルな構…
すべてはグラデーション――この言葉には、一見すると対立しそうに見える二つの要素のあいだに、本来は連続的なつながりが存在していることを示唆している。 たとえば、白と黒のあいだには灰色という単一の中間色だけでなく、ほとんど無限に近いほどの濃淡が広…
「分からないこと」は至極当然なことであり素晴らしいこと。 未知が存在するからこそ、私たちは日々学び試行錯誤を重ね新しい視点を獲得していく。 まだよくわからないものに触れたとき、人は怖れや不安だけでなく可能性や期待感を同時に抱くものだ。 分から…
昨今「ロジカルハラスメント」という言葉が話題に上がることがあります。 意味としては「正論ばかり言って相手を困らせること」にあります。 このようなひとは、正論を押し通すことで相手をコントロールすることが目的になっています。 ビジネスの世界で、正…
7つのチャクラの中心に「ハート」は位置しています。 上(クラウンチャクラ)から数えても4番目。 下(ベースチャクラ)から数えても4番目。 両手を左右に拡げた真ん中。 「ひと」という存在の中心にある。どこからでも一番近いように。 「ハート」には既に…
「かつて在ったものは、在りつづける」 その概念としてのアカシックレコードについて、哲学者ベルクソンは語ってきた。 意識の開放性は多くの方が実感しているだろう。 この開放性に基づいて、「かつて在ったものは、在りつづける」とすると、意識は拡張しつ…
小林秀雄『モオツァルト』のなかでの私の好きな一節。 『突然、感動が来た。もはや音楽はレコードからやつて来るのではなかつた。海の方から、山の方からやつて来た』 山笑う アクリル+パステル+銀箔/ 30 x 39 cm ひっそりと、しなやかに、 いのちの流れを…
わたしは主体者を必要とする言葉はあまり好きではない。 日本語としての良さをあまり感じないからかもしれない。 さて、タイトルのような言葉には、ふつうそれを使う主体者が存在する。 何らかの説明や内容を「分かる」「理解する」「理解できない」という場…
「言葉」はどうしてこんなにも強い力を持ってしまうのだろう。(前回の記事) 漢文学者の白川静は『漢字 生い立ちとその背景 』(岩波新書)で次のように言う。 「今から約五十年前、北京郊外の周口店遺址から、数次にわたって、北京原人とよばれる古代人骨…
昨日の記事のつづき。 どのような場合でも、意図や動機が大切。 この世界で鏡の法則として実現されるのは、行為ではなく意図の方が、その割合は大きい。 他者に働きかけるときの「動機」や「意図」と、自身に働きかけるときの「動機」や「意図」に違いがある…
感覚や気持ちを、善悪の判断で押し殺さない。 感覚や気持ちは、なにより「ありのまま」のものでそれがゆえに、自分自身の内奥に到達するための道しるべとなる。 内奥に導かれれば導かれるほど、人生はシンプルになり、感覚器官を通して観るもの、聴くもの、…
質問 オーラは、どんな風に見えますか? 回答 量子力学の世界では、量子のふるまいは「観察者がいるかいないか」が決定的に大切となります。 光は、観察者がいない状態では「波」(多次元性が維持されている状態)ですが、観察者がいる状態では「粒子」(3次…
哲学者アンリ・ベルクソン1 つづき。 『私たちが何を為すかは、私たちがいかなる存在であるかにかかっている、と言うのは正しい。しかし、それにはこう付け加えなければならない。 全面的にそうだとは言えないにしても、私たちが為していることこそ私たちそ…
哲学者ベルクソンを理解するには、スピリチュアルな視点が不可欠だと思っている。 時代的にもクリシュナムルティが星の教団を解散し、組織によらない霊性の進化を模索していた時期でもあり、またヨーロッパ全体でも心霊主義や神智学協会が隆盛し、アリスベイ…
フランスの哲学者アンリ・ベルクソンについて、山川の倫社教科書では以下のように記述している。 「ベルクソンによれば、宇宙に発生し、進化しながら展開する生命の躍動力こそが、真の実在である。その生命の躍動力がゆるむと固定した物質となり、高まると生…
伊勢神宮は、二十年に一度の、すべてのものを造り替えていく式年遷宮によって「永遠」を得る。造り替えるというプロセスを通して「今」の息吹が吹き込まれ「今」のエネルギーが定着する。そして、新しい螺旋の動きがひとつ誕生する。余計で過剰なエネルギー…
深代惇郎の文章が好きだ。 未だに、彼より好きな作家はいない。 温かな眼差しが、その文章に顕れている。 読書を通して、人は温かく豊かな知性にふれ幸せになることが出来るし、言葉を通して他者を幸せにも出来る。 彼は、1973年から1975年にかけて朝日新聞…
今田高俊先生と水野和夫先生。 最も敬愛しているお二人の本を、最近読んでいる。 今田高俊先生は以下のブログで以前に紹介。現在、氏の別の本をいくつか読んでいる。 akuakazu.hatenablog.com 並行して、経済学者 水野和夫氏(以下ブログで言及)の最新作『…
前回は映画のお薦めをご紹介したが、今回は書籍のお薦め。 しかも哲学系。 人生に目的は要らない。というか、合わないし、持っていると害がある。効率化という尺度から人生を自由にしないとならない。そんな、テーマの本が最近出版された。私が言うよりずっ…
実に360年もの間、数字にとりつかれた者やプロの数学者達が、数々のドラマを生み出す元となった「フェルマーの最終定理」この名前を聞いた人は多いでしょう。 映画やドラマでも、そこに天才が登場する場合に良く取り上げられています。 先日行ったファウ…