オーラが伝えるすべて

沢渡和がオーラやチャクラ、チャネリング等 スピリチュアルなこと全般についてお伝えしていきます。

2023 セドナツアー紀行

「オレはきっと変わらないよ」

そう思わない?


セドナに向かう車中で発せられた息子(以降「息子くん」と記載)
の言葉だ。

 

「自分から変わろうとする訳でない。出会いも含め環境や周囲が強引に変化していくことで、自分が変わることを余儀なくされる。それがセドナの本質だよ」

 

今回のツアー参加者のなかに14歳の少女がいた。

9歳のときから白血病となり、学校にもいけず、厳しく困難な薬や治療とともに、長い闘病生活をつづけてこられた。

それがほぼ治ったといって良い状態になったのが、私がお母さまと初めてお会いしてすぐの、昨年11月。

 

私はこれまでに20回ほどセドナを訪問している。

ハワイ島とともに、世界でもっとも訪れている聖地だ。

 

私は、セドナの地を深く信頼している。

好きとか、行きたくなるとか、パワフルとか癒される、とかではない。

 

この地を通して起きる出来事や内的変化、5感6感での感覚、その前後での出会いや出来事、そのすべてを無条件に信じている。

セドナという地に、自身と参加者のすべてを委ねることだけに専念するほど、信頼している。

 

 「彼女にセドナを体験してほしい」

 

11月に思い立ち、急遽12月にツアーを企画した。

コロナ禍以降はじめての海外ツアー。

そもそも、少女(以降「娘さん」と記載)がお母様とともに、ツアーにこられるのかすら不明だった。

闘病開けで、歩くことすらままならないと伺ってもいた。

 

出発のちょうど一ヶ月前の発表。

紆余曲折ののち二人は参加可能となり、出発前ちょうど定員となった。

*

ツアーの参加者が到着する前に、下見も兼ねて息子とふたりで最初に着く地は、モンテズマだった。

彼には、自然とのふれあい方を少しだけ伝えてあった。

 

ふたりで無言のまま20分ほど、モンテズマのほとりに佇んでいただろうか。

 

「どう...?」

「....すごい....

 

なにがすごいと言えないところが、セドナである。

モンテズマもセドナの岩々もともに、年々、聖地としての役割が増しているように感じる。

 

ツアーは素晴らしいものとなった。

そして、私自身が大きく変化した。

〈参加者の方々の感想〉

セドナにいる間、まるでファミリーの旅のような温かく楽しい時間が流れました。

 

セドナは奇跡を見せてくれました。

羽田空港で人の何倍も時間をかけてゆっくり歩を進める娘さんは、まだまだ幼いあどけない少女でした。空港や機内では、表情も乏しく笑うことも僅かに微笑む程度でした。その娘さんがセドナの岩山をスタスタと歩いている! 

大きな驚きではありますが、セドナにいる時はとても自然で当然のことのように見えました。今思い返すと、その奇跡に改めて驚いています。木、花、草、土、風、川、水、自然と触れ合うその姿は、本当の喜びに満ちていて見ているだけで胸が熱く、涙が流れました。表情はとても豊かで心からの喜びに満ちています。こんなに自然な表情はなかなか見ることはありません。

「美しい」と思いました。

 

エアポートメサでは曇りで冷たい風も吹いていてだいぶ寒かったのですが、思い切ってカズさんから言われた「視野を拡く観ること」を保っていると......ベルロックを含むセドナの光景がスパーン!!と入ってきた感覚に包まれ、その後「地球上のすべての森」が一挙に自分に入ってきたようなイメージが来て驚きました。「なんだこれは」という気持ちでした。

 

息子くんは受け応えが本当にまっすぐな感じで、それにカズさんが楽しそうに対応していて....そのやり取りにかなり刺激を受けました。

 

カズさんの14歳の娘さんへの接し方がとても参考になりました。いわゆる「一般的な人との接し方」というより、「そのひと全体」もしくは「そのひとの魂」と接しているように見えました。 発する言葉が少ないから余計にそうなのか、エネルギーで触れ合っている、交流しているようでした。

 

ベルロックで先端まで軽々と登っていく息子くんと、草木を愛で、絶景に感嘆する娘さんの姿が自然に溶け込んで、心から安心するような気持ちになっていました。

登りながら「一見無理そうなルートも実際に手を置き、足をかけてみると意外にたやすく登ることが出来たりして」これってきっと人生と同じだな、と感じていました。

キャセドラルロックの初めて歩く山道は、いつまでも歩いていたいような清々しい空気と陽光に包まれており、素晴らしかったです。道を修復する若者たちの笑顔、フレンドリーで温かい雰囲気もとても印象的でした。闘病でつい2,3日前までは歩くこともままならなかった娘さんが、わたしたちの先頭を切って歩く姿は、まるで私たちを導く天使のようだと思って見ていました。

 

静寂に包まれたモンテズマは、まさに子宮の中にいるような安心感と温かさがあり、このままずっとこうしていたかったです。宮古島の「通り池」が瞼に浮かび、時空を超えて結びついていました。

 

息子くんと娘さんは、人が本来持つ純粋な部分のみの「あるがまま」の姿を見せてくれました。社交辞令も愛想笑いも一切なし! 潔くて爽快な気分にさせてくれます。接していると、余りにも不要なものを抱えすぎている自分が薄汚れて見える程でした。

 

二人からは、純粋にハートフルに生きることを思い出さなければと思わされました。今まで、社会に見せる自分をせっせと作っていたのはなんだったのだろうと思わされます。セドナも地球も、この二人が来てくれてとても喜んだと思います。

出発前は正直不安の方が大きかったのですが、空港で疲れて何度も座って休憩していた娘が、セドナの起伏に富んだ地形をスイスイ歩いて行くのを目の当たりにして、そのエネルギーの強さに驚愕でした。

 

キャセドラルロックの頂上での、世界中のひとたちとの瞑想は、魂が震えました。まさに天と地が繋がって光が降りてきていたと思います。

 

仕事の話をした時に息子くんに「なんで我慢するんですか?」と聞かれたのには目から鱗。だよね~、それ我慢するようなことじゃないよね〜と自分を笑っていました。発想の素のままさが、新鮮でとても楽しかったです。

 

アリゾナの印象を一言でいえば「すごい」。驚くほど人がいなくて、自然が拡い。森林ではない大自然を初めて見た。食べ物も美味しいし、人もちゃんと「自分」を持って話しかけてきて優しい。日本では「自分」がなくてマニュアルが先だから、「優しさ」やそのひとが感じられないから、ことさら新鮮に感じた。

 

帰宅してクリスタル達を並べてみると、みんな一斉に輝いてます!

再訪したいです。

 

これまで様々な聖地を訪れました。どの地も素晴らしかったのですが、色々な意味で、こんなに楽しいツアーは初めてかもしれません。

 

私の息子も帰国してからは私同様、変化のただなかにいるはずだ。

まだ、家族でセドナの思い出ばなしはしていない。

誰かが「遊び」の計画をしない限り、我が家では家族全員が団らんの時間を持つことは、ほぼない。

 

来月、娘が、家族クルーズを企画している。

なんでも葉山でその日、海上レースがあるらしく、娘はクルージングの技量が試されると胸躍っている。

そこで、息子ともども、それぞれの現在進行形の話をするのかもしれない。

 

最後に

白血病開け直後、ツアー参加した娘さんの感想

 

つぎは伊豆高原、

さぁ、この世界を救い出しに行こう。