スピリチャアル世界では、幼児期の自分自身のことを「インナーチャイルド」と呼びます。
インナーチャイルドは、まだ論理や思考を持たない子供時代に感じた痛みを、そのままの純粋な痛みの状態で保持している「内なる幼な子」のことです。
多くの場合はハートチャクラのなかで、じっと凍えるような固まった状態で、いつの日か、あなた自身に目を向けてもらうことを、ただただ、待っている存在です。
この純粋な痛みは、おとながするような「合理化やごまかし」が一切なかったので、強い刻印をその心に残してます。
しかもその痛みは、幼児にとってみれば神のような存在である、母親などから受けたものです。
漫画家、田村由美は『ミステリと言う勿れ』のなかで、主人公に次のように幼児期体験を表現させています。
このとおりなのだと思います。
乾く前のセメント状態がこどもの心で、傷ついた痛みはその後、補修されないとそのままの跡で固まり残ってしまう。
おとなになって、当人の意識エネルギーはこの跡(ブロック)を辿って流れることになる。
だから、この体験(ブロック)のない人にとっては、その流れがどのようなものなのかなかなか想像がつかないばかりか、当人にも、どのようにブロックが自分の人生に作用しているのか分からないし、ブロックのない正常な流れがどのようなものなのかも分からない。
しかし、この跡を修復していくことは出来ます。
インナーチャイルドワークを行ってみることです。
出来れば、このワークを一生つづけていくような覚悟で取り組むことです。
こうした幼児期の痛みの跡は、大小や深度の違いこそあれ、誰にでもあるものです。
ですから、私はこのワークを万人にお勧めしています。
このことによってしか、セメント状に凝固してしまったエネルギーを溶解していくことは出来ないとすら、私は思っています。
自分自身のなかで、じっと息を潜めて傷ついた「あなたの内なる幼な子」は、今のあなた自身からの温かな眼差しを待っています。
いまのあなたの意識の光で照らし出され、見つめてもらうことを待っています。
自分の当時のありのままの言葉を聞いてもらう機会を、ただ待っています。
そのとき、彼の(セメントの)固まりは、ゆっくりとではありますが、柔らかさを取り戻していきます。
インナーチャイルドワークでは、次のことをしてみて下さい。
準備として、自分の「内なる幼な子」のための神聖なスペースと新しいノートを用意します。
1)幼児期のショック体験、恐怖体験を、勇気をもって、ノートに書き出します。
2)そのうちのひとつを選びます。
3)ハートに手を当てて、当時の「内なる幼な子」をイメージします。
4) その子は何歳ぐらいでしょうか。 (当時の年齢とは限りません)
5) その子はどんな服装、姿勢、まなざしでいますか。(当時の服装とは限りません)
6) 何か今のあなたに話したいことがないか聴いてみて下さい。
7)ただ、話しを聞く。なにも言葉を発しなければ、ただ待つ。
そして、それぞれをワーク後、ノートに記録していきます。
1ヶ月2ヶ月と根気良くつづけます。
すると、徐々に服装やまなざし、話す内容の変化に気づいてくることでしょう。
これだけです。
いくつか留意して欲しいことがあります。
あなたからは、何も話しかけない。
内なる幼な子から、何か聞かれたときのみ、応えるだけです。
いまのあなたの価値観を押しつけない。
またあなたから言葉を発することで、早期終結を求めない。
心理学的に言えば、幼児期の自分自身の追体験ですが、これは「いまの自分を知る」という行為に他なりません。
痛みを持った「内なる幼な子」がいまのあなたのなかで、息を潜めているからです。
人は大人になる過程のなかで、「痛み」を以下のような手法でごまかすことを学んでいきます。
・抑圧
・逃避
・合理化(理由づけをする)
・同一視(幻想に浸る)
・投影(被害者意識に陥るなど)
・代償(何か別種の目的を持つなど)
痛みを感じたくないので、解釈や意味づけをして安心しようとし、痛みそのものを抑圧していきます。
これは短期的にはうまくいくかもしれませんが、長期的には必ず反作用を受けることになります。
こうしたごまかしや働きの及ばないところで、ハートのなかにじっと居座っているあなたの子どもの部分があります。
インナーチャイルドは、いまのあなたに気づいて欲しいと願っています。
青年期以降ずっと痛みから逃げ回ってきたので、長い間に渡って気にかけてもらえなかったからです。
誰ひとり、話しを聞いてくれる相手がいなかったからです。
親だけでなく、あなた自身からも誰からも、「ありのまま」を受け容れられた経験がなかった、いまのあなたにとってもっともケアすべき「子ども」です。