言葉の意味が分からないとき、その言葉の反意語を考えてみよう。
たとえば、「創造主」の反意語は何か?
被創造者:創造主によって創造させられた者
なるほど国語の意味ではそうだろう。
でも国語上の意味ではなくて、自分に置き換えた上での意味を考えてみよう。
自分が「創造主」であるとはどういうことか?
① 自分が見るもの聴くもののすべてを創造している存在である。
そのような意味となる。
ではその反対は、自分に置き換えたとして、どうなるか?
② 自分が見るもの聴くもののすべては自分以外の存在によって作られたもの。
こうなるだろう。
だから、②に当たる単語としては、
「受益者」あるいは「被害者」となるだろう。
②の「自分以外の存在によって作られたもの」が
自分にとってプラスならば「受益者」となり、
マイナスならば、「被害者」となる。
自分にとってプラスの出来事が起きているうちは、それが
「創造主」であっても「受益者」であっても大して問題にはならない。
一方、自分にとってマイナスのことが起きている時、
それが
「創造主」なのか「被害者」なのか、
大きな違いとなる。
「創造主」であるならば、誰のせいにも出来ない。
すべてを自分が背負わなくてはならない。
一方「被害者」はそのマイナスの出来事を他人や社会、環境のせいに出来る。
すべては自分以外のせいと出来る。
大きな違いだ。
だから、
「創造主的意識を持つ」の反意語は、
「被害者意識を持つ」となる。
このように両面の意味でとらえてみると、「創造主」という言葉の意味が
理解し易くなるだろう。
同じように明日は「ありのままに生きる」について考えてみようと思います。
写真はアメリカのアリゾナ州セドナのキャセドラルロックを通常の逆サイドから撮影。
人が創造主として生きることへ導いてくれる場所です。