”すべては「必然」である”
”起こるべき時に起きている”
との考え方がスピリチュアルでは支配的だ。
この考え方に依って立つと、運命論的に未来も決まっているだろうという安心感を持つことも出来るので、スピリチュアルの世界でも評判が良い。
しかし、私たち自身の自由意思はすべてに優先しているので、所与のものとしての運命論的必然現象というものは、ない。
すべて私たちの自由意思発露の結果が蓄積したうえにある。
加えて、他者があなたの自由意思をコントロールしようとすることはあるだろうが、天界があなたの自由意思をコントロールすることは、ない。
だから好ましくない存在としての他者のコントロールにのってしまうのも、あなたの自由意思の結果である。
あなたの自由意思の発露に呼応して、魂や天界は常に、あなたの成長、進化の計画を更新し続けている。
あなたの自由意思が、この成長、進化の計画の延長線上にあることもあれば、そうでない場合もあるだろう。
そうでない場合は、内面的にか外面的にかのどちらかで、うまくいかない現象として、あなたに教えてくる。
さて、今回の騒動はどちらにあるのだろうか。
私たちの集合意識進化の所与の計画の延長線上にあったことか、そうでなかったか。
私は計画外のことが起こってしまったと感じている。
つまり、人類の自由意思が誤った方向に向いてしまった蓄積の結果、と感じている。
今回の新型コロナウィルス ーCOVIT-19ー にまつわる出来事も、人が起こした出来事として、私は受け止めている。
魂や天界は、生じてしまった出来事がどのようなものであれ、その出来事をなんとかしてあなたの成長、進化に結びつけていくことを企図している。
勝手に天界に企図されて、それは自由意思の侵害では? と思うかもしれない。
そうではない。
天界のルールやメカニズムを学ぶ過程で生じていることで、私たちの自由意思は尊重されているのだ。
例えば、サッカーをしているとして、相手チームに得点が入りそうになり、あなたが反則をしてそれを止めようと試みた。観客の一部が反則をしろと野次っていた声が聞こえてしまったのも、反則をした理由のひとつだったのかもしれない。
ここで、反則に気づいた審判は笛を吹き、ペナルティーキックを相手チームに与えたとしよう。
たとえ観客の声にしたがったとしても、あなたが反則をするのは、あなたの自由意思に基づいて行ったことである。
ここでは、サッカーのルールを作成し、ルールに反したものに対して笛を吹き、相手側にペナルティーキックを与えるのは、あなたの魂なり天界である。
ルール |
天界全体の仕組み(在り方) |
審判 |
天界、魂 |
選手 |
「あなた」あるいは「人類」 そして地球環境などの他の生命体 |
ペナルティーキック 罰則 |
カルマ あるいは 人生での試練 |
観客 |
1)マスターや天使、妖精など天界の存在。 2)黄泉の国の存在達。 3)(野次ったりと)あまり良ろしくない存在。 |
という対比になる。
ここで、現実世界が通常のサッカーゲームと異なる部分は、あなたがそのゲームのルール(天界全体の仕組み)を詳しくは分かっていないことだ。
あなたが幼かった頃そうであったように、「ルールを知らないゲームに参加しながらルールを学んでいく」というのが、このゲーム(現実世界)の特徴なのだ。
天界としては、ルールをあまり良く知らなくとも、まずは創造性を発揮して、ゲーム自体を思う存分に楽しんで欲しい。
そして、ゲームの過程のなかでルールを学んでいき、より充実感や感動を味わい、また自分達が(天界の存在から)守られた存在であることを感じていって欲しいのだ。
ここで、ルールを間違えた場合は、それが故意によるもの(意図したもの)か、良かれと思ってのことなのか、によって(魂が下す)試練(罰則)は変わってくる。
おそらく反則になるだろうと分かっていての故意によるものからだとカルマになる。
カルマの場合は「自らの在り方を改める」までは続く。
”地球環境はいつの日か破壊されるけれど、今だけ良ければいい”
”相手をコントールし創造性を抑圧することが勝利のための必要悪だから公平性など必要ない”
として反則をし続ければ、それは故意によるものなので、「カルマ」的試練となる。
しかし、その試練が、たとえカルマによるものだったとしても、あなたの魂や天界は、ひたすらにあなたの成長を企図し続ける。
起きている状況や現実世界を活用しながら企図している。
今、私たちは故意に反則をし続けたので、ペナルティーキック10回分ほどが、一度にやってきている。
防御一辺倒で、とてもゲームを楽しむ余裕がない。
カルマ的に起きていることなので、”自らの在り方を変えろ”と迫られている。
そこに向けて、叡智や創造性を発揮せよ、と迫られている。
魂は、カルマの精算と自身の成長チャンスと見なしている。
私たちが自らの在り方を変えなければ、手をかえ品をかえ、今回と類似のことが続いていくだろう。
全人類のカルマの精算として起きていることなので、全人類に対して起きている。生きているもの達の方が辛い時代を迎えたとも言える。
他者や社会のコントロールをやめていくこと、
不自然なまでに欲望を刺激し経済を維持発展させていこうとすること、
そうしたコントロールや搾取を支えているシステムや創造性発揮を阻害されているシステムを手放すこと、
公平さに根ざすこと、
すべてのつながりを意識し、その一つとしての地球環境を経済よりも優先していくこと
などが、今、求められている。
難しい。
しかし、瞬時に崩壊するのではなく、私たちには考えや在り方を修正する時間が与えられている。
とはいえ、難しいことには変わりは無い。
天界全体の在り方を読み解き、それを社会や日々の生活に反映していかなくてはならないという、観客をも巻き込んだ人類全体での試練がやってきている。
Art Swing Mamiさんの絵 Arrival