もうすぐ「時雨れる」(しぐれる 晩秋から冬にかけての通り雨の多いこと)季節だが、気候変動でこのような情緒溢れる時分も、日本からなくなっていくのだろうか。
「雨月」とは、名月が雨で観られないことをあらわす大和言葉。
いにしえびとは、雨とともに見えない名月を観ていた。
この文字を観て音読していると、雨音が
聴こえてきそうな気がする。
見えないものを観て、聞こえないものを聴いた。
それは「こと」の「まこと」を知るため。
それを「言の葉」としていったのが大和言葉と言われている。
「和を以て貴しと為す」で有名な、聖徳太子の十七条憲法の「和」も「やわらぎ」と読むと最近知った。しかも憲法の最初の言の葉。聖徳太子が仏教よりも大切にしたいその想いがうかがわれる。
「やわらぎ」をもってとおとしとなす。
いい音の響きの連なり。
「やわらぎ」こそを「まこと」とした、わたしたちの祖先の心持ちに還るとき、自身の在り方を考えざるを得なくなる。
自身やその場に居合わせているひととの「在り方」に言及している言葉が多いのも、大和言葉のひとつの特徴。
・こころを同じくする
・折り合う
・つづる
・こころ待ち
・胸にしみる
・胸をいためる
「折り合う」とは「紙を二つに折って合わせる」から来ている。うつくしい。
たとえば、「折り合う」を「妥協する」に変えてみると、それこそ「折り合えない」で「胸をいため」そうだ。
見えないものを観て、聞こえないものを聴いただけでなく、
見えるものを聴いて、聞こえるものを観ようとした。
・おかげ(神のご加護)さま
・おおらか
・たおやか
・うららか
・風ひかる
・はな明かり
・遣らずの雨
在り方を音で見事に表現している。
見えないものを観て、聞こえないものを聴こうとするとき、ことや音の「まこと」に至り、そして「こころ やわらぐ」。